1995年1月17日、あの日僕は自主トレ中の沖縄にいた。
僕は、米国から帰国し、今は亡き仰木さんのツテでこの年からオリックス・ブルーウエーブに入団。六甲山のふもとに新居を構えていた。
女房の実家が経営している本島内のホテルで、
女房と娘のさゆりもこの日から沖縄に来るはずだった。
だったというのは、そうあの大震災で女房と娘は犠牲になったのだった。
あれから13年。
娘が生きていれば、僕と女房が知り合ったあの東京の大学に行っているかな?
それとも、佑ちゃんと同級生になりたくて早稲田?自分も再婚し、男の子も生まれ、ようやくゴムボールでキャッチボールくらいは出来るようになった。
という状況の中で、つい忘れがちになるけど、今日だけは思い出させておくれ。
昌子(今の女房)、仙一(息子)
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は、フィクションです。
ということで、改めて犠牲となられた方に慎んでお悔やみ申し上げます。
【注】現実の世界では、管理人の元相方も交通事故死および病死しております。ということは、ツーアウト。。。
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