2004年12月18日

伝説のバックスクリーン3連発

1985年は21年ぶりにタイガースが優勝した年だが、それを予兆するような試合が4月17日の甲子園阪神−巨人2回戦。
この試合は初回に巨人がクロマティの1号2ランで先制。阪神もすかさずその裏に岡田さんのタイムリーで1点を返し2-1。その後は槙原・工藤さんの両先発が踏ん張り6回までスコアボードにゼロが並んだ。持ち味の粘り強い投球を続けていた工藤さんだったが、7回表に中畑さんの犠牲フライで追加点を許す。阪神には痛い3点目と思われた。8番木戸さんがいきなりセンター前にヒットを放つ。代打・長崎さんは打ち取ったものの、1番に帰って真弓さんに四球。2番・弘田さんの代打に僕が起用された。
プロ入り初打席、しかしセカンドゴロでゲッツーを逃れるのがやっとだった。
2死1・3塁、続いて打席に入ったのは3番のランディ・バース。1−1からの3球目はシュート回転で打ち頃のコースに甘く入った。バースの打球はセンターバックスクリーンに低い弾道で飛び込む逆転3ランとなった。試合は4−3と阪神が引っ繰り返して逆に1点をリード。
そして続く4番・掛布さんもセンターに高々と打ち上げる。これはバックスクリーンすぐ左のスタンドに飛び込む追い打ちのホームランとなった。連続ホームランで阪神のリードは2点。マウンド上の槙原は茫然自失、まさに放心状態だった。続く5番の岡田さんは0−1からのスライダーを狙い打ち、これまた打球は弧を描いてセンターへ。岡田の打球はバックスクリーンのやや右側に飛び込んだ。世に言う「バックスクリーン3連発」はこうして誕生した。クリーンナップの三者連続ホームランでスタンドは騒然。7回裏の攻撃が終わった時にはスコアは6−3、巨人の2点リードは逆に阪神の3点リードとなり、俗に言うダブルスコアとなっていた。
僕は、センターの守りに入る。しかし、試合はこれだけでは終らなかった。9回表の巨人の攻撃が始まった。8回に続いてマウンドに上がった左腕・福間さんからクロマティ、原さんが連続ホームラン。3番・4番の連続ホームランでたちまち1点差となり、打席には5番・中畑さん。阪神のクリーンナップが3者連続本塁打のあとに巨人のクリーンナップも3連発で追い付くのか?しかしここで救援に立った中西清起。
中畑さんの当たりは、左中間への大飛球。それを僕がフェンスによじ登りキャッチ。これで、中西は落ちつき、後続を断ち切り、プロ入り初セーブを挙げる。

(注)事実はこちらをご覧ください。

<4月17日・阪神-巨人2回戦>
巨人 2 0 0 0 0 0 1 0 2   5
阪神 1 0 0 0 0 0 5 0 x  6

そして、次の試合。僕の入団する前年に入団していた弟なおちゃんがとんでもないことをしでかす。
posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神タイガース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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